北杜エリア / 1

LEXUS LX / マンガンラスター

山間の小さな町にある「Terroir 愛と胃袋」。170余年の歴史ある古民家を改装した空間では、八ヶ岳南麓を中心に“地産地消”にこだわったイノベーティブ・フュージョンが楽しめる。その革新的な一皿の創作の源泉を辿っていく。

Photography_Kohei Take Words_Tetsuya Sato 

 

 

 

 

愛しい時間を育むガストロノミーレストラン

 

 

庭からのたっぷりとした彩光が心地よいレストランスペース。もともと馬舎だった場所をリノベーションしたもので、大きな薪ストーブや温かみのある質感の土壁、アンティークの什器など確かな審美眼に裏打ちされたこだわりが満載。

 

 

 

愛の深まる食卓が誕生した家族を想う移住ストーリー

 

 都内から車で約二時間。北杜市の北東に位置する高根町は、かつて佐久甲州街道の宿場町として栄えた場所。今ではその面影もかすかな集落の一角に「Terroir 愛と胃袋」はある。そのユニークな店名は、欧州の古いことわざ“愛は胃袋を通ってやって来る”をヒントに、編集者でもあるマダムの石田恵海さんが命名。「食卓を囲んで愛が深まるように」という想いが込められている。「最初は通りがかりの人に笑われたりして、名前を変えた方がいいのかな?なんて悩んだこともあったけど、覚えてもらいやすいし、今ではすごく気に入っていますね」と、パートナーでありシェフを務める鈴木信作さんは笑う。

 

 

 

 

 

オーナーシェフ・鈴木信作さん
マダム•石田恵海さん

 

オーナーシェフを務める鈴木信作さんと石田恵海さんのご夫婦でお店を営む。鈴木シェフは、日本料理店での修業を皮切りにフレンチ界の鬼才・植木将仁氏の「レストランJ」など数店で研鑽を積み、2011 年に石田さんと共に東京・三軒茶屋で「Restaurant 愛と胃袋」を独立開業。2017 年に現在の八ヶ岳へと移転を果たした。石田恵海さんは、グラフィックデザイナーや編集者などを経て、結婚を機に同レストランのマダムに。3人のお子さんを育てながら、お店を切り盛りする。

 

 

 

 江戸時代、物流の拠点だった「問屋場」と呼ばれる大きな古民家を改装したこの場所で、平日ランチ&ディナー各一組(土日は各二組)のゲストをもてなす。季節ごとに掛け替えられるシックな暖簾をくぐると、太い梁で支えられた重厚な空間が広がり、その一角に馬舎をリノベーションした客席がある。日本料理やフレンチの名店で研鑽を積んだ鈴木シェフが作るのは、八ヶ岳のおおらかな自然が育んだ地元食材を、独創的なアイデアと卓越したテクニックで仕上げたイノベーティブ・フュージョンだ。三軒茶屋で人気だった前身のお店を閉め、この地に移住してきて7年。ジャパンタイムズ主催による地方の優れたレストランを選ぶ「Destination Restaurants2023」を受賞するなど、今やその評判は県内外にまで轟く。

 

 

 

 

その日のコース内容を記載した和紙素材のメニューリスト。鹿のタンとアキレス腱の冷製は“ 木々のあいだに”、洋梨とショコラを使ったデザートは“ 褐色の雪どけ” といったように、石田さんが名付けたメニューを眺めるだけで想像力が掻き立てられる。

 

 

 

 移住のきっかけとなったのは、お子さんの小学校入学を控えたタイミング。お店では当時から放牧牛や平飼いの卵など、生き物としての尊厳を大切にされた畜産を扱っていた。だが、住環境も含めて自分たちは真逆の生き方を選ぼうとしているのではないかと悩み、将来について話し合いを重ねる。その結果、家族揃って自然の中で暮らしたいという想いが募り東京を離れる決断を下す。山梨と長野で物件を探したが、「もともと日本の食材と国産ワインに特化したお店だったので、馴染みがある分イメージしやすかった」ことから、山梨に安住の地を求めた。現在の古民家に出合えた縁も重なり、2017年に晴れて再オープン。子供たちが通う、生徒の自主性や個性を尊重する小中一貫校の存在も移住の後押しとなった。「移転してから、四季ごとに細かい食材が揃えられるようになったりと、自分たちで暮らしながら体感したことを料理に反映できるようになりました。裏庭にはふきのとうが生えたり、目の前に柿の木があったりと、お客さまに提供するスピード感が魅力ですね」と、鈴木シェフは語る。そしてお店が軌道に乗ると夫婦の関係性にも変化が……

 

 

 

料理人の創造性を刺激する、八ヶ岳の自然と豊かな食材

 

 

 

メニューは全10 品から成るコース料理(21,780 円)のみ。

周りをコーティングした鱒にビーツのソースを合わせた「トモダチ」。トッピングした紫蘇の実と山羊のクリームが重層的なテイストを構築する。

 

 

 職人肌の鈴木シェフだが、ある時期から自分だけのジャッジに頼らず、石田さんに判断を委ねるようになった「試作メニューを食べて、もっとカリカリした食感があるとバランスが良いねとか、校正者みたいな役割ですね」(石田さん)。校正者としてはなかなか手厳しい石田さんだが、自由律俳句を取り入れたコース名や季節感を生かした設えなど、店内の至るところに編集者らしい瑞々しい感性が通底。それらが空間に彩りを添える重要なエレメントになっている。「北杜はある程度観光地でもあるので、夫婦二人で一年を通して自分たちのスタイルでやっていける場所なんです」。そう鈴木シェフが語るように、お互いをサポートしつつ、適材適所でそれぞれの力を発揮する姿に現代らしい夫婦のあり方が垣間見えた。

 

 

 

山梨名物のほうとうを極薄の特注麺でアレンジ。たらの芽のかすかな苦味が滋味深いスープを引き立てる。
イワナとケールのパイも「Terroir 愛と胃袋」が誇るスペシャリテのひとつ。川魚の繊細な味わいと鮮烈なケールの香り、濃厚なブイヤベースソースが三位一体となった一皿。
希少な鹿タンにポテトを添えた一皿。淡白な味の鹿タンにコンソメの旨味が凝縮されている。鈴木シェフは以前、狩猟を嗜んでいたこともあり、ジビエ全般の造詣も深い。

 

 

 

 料理にもお二人の人柄が窺える。シグネチャー・ディッシュの「トモダチ」は、八ヶ岳の湧水で育てた鱒にビーツのソースを合わせたもの。もともと各生産者と鈴木シェフを含めた3人は呑み“トモダチ”で、いつも仲良しの二人がお皿の上に感じられる料理を作りたいと考案した。また、ワインは50種類以上のラインナップを取り揃え、料理とのマリアージュが楽しめるペアリングも好評。車で訪れるゲストのためにノンアルコールペアリングにも力を入れるなど、多方に繊細な心遣いが見て取れる。鈴木シェフは、遠方まで足を運んでくれる人たちに感謝しつつ、場所の持つポテンシャルが自身の創造性を引き出していると説く。「海のない土地柄だからと、高価な食材を外から引っ張って来るのは簡単だけど、それは一切やめました。八ヶ岳という存在が、常にクリエイティブな環境に自分を置いてくれるんです」。石田さんも続ける。「うちにはヴィーガンのお客さまがいらっしゃって対応することもあります。乳製品も使えないという制約があるからこそ、クリエイティブが研ぎ澄まされるのだと思います」。

 

 

 

デザートの紫白菜のアイスクリーム。

 

 

 石田さんは常々、地域のロールモデルになりたいと公言してきた。お店の評価が確立した今もチャレンジし続けるのは目指すべき未来像があるからだ。「どんどん攻めていかないと衰退するのが怖いですよ。これいいっていう満足感は全くないですね」。そんな鈴木シェフの言葉通り、2020年には道路を挟んだ向かいに古民家一棟貸しの宿「旅と裸足」をオープン。宿泊者を対象にしたスタディケーションツアーでは、野菜や鱒の収穫体験や「吐ど竜りゅうの滝」での瞑想などを楽しんだ後に「愛と胃袋」でディナーを堪能できる。「いかにお客さんに楽しんでもらうかっていう、それだけですね」。胃袋の先にあったのは愛に満ちたおもてなしの心であった。

 

 

 

 

大人びたキッズメニューで真の食育体験を

 

 

子供用のメニューは「MogMog」(10 カ月〜2 歳)、「Kids」(3 〜7 歳)、「Junior」(8 〜12 歳) の3 種類を用意。写真は、「kids」(4,598 円)で、ワンプレートに大人と変わらない本格的料理が少量ずつ盛り付けられている。また、パンと八幡いものポタージュが付き、デザートは林檎のアイスに変更。カトラリーもポルトガル発のブランド、クチポールのキッズ用を使うなど、本物志向を追求した最高の食育体験を享受できる。
※子供用の椅子、おむつ交換スペースのご用意もございます。また、お手洗いはバギーでも車椅子でも入れます。

 

 

Terroir 愛と胃

 

山梨県北杜市高根町長澤414
info@aitoibukuro.com
Open〈昼〉11:30〜15:00〈夜〉17:30〜21:00 Close 月、火曜
P 10台 EV充電器 なし

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