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だしを毎日使うといえば、味噌汁が浮かぶ。日本の食卓定番のスープであり、その相棒がだしである。入れる「味噌」は、地域や好みで千差万別だ。その魅力を、神奈川県三浦半島で食堂を営む眞中やす氏に伺った。

Photography_MURAKEN  Words_Yuka Niimi  Edit_Maki Kakimoto

 

 

 

味噌汁は日本人のソウルフード

 

 全国各地から取り寄せた30数種類の味噌から客が好みのものを選び、味噌汁にする『かて飯定食』が評判の『SYOKU – YABO農園』。味噌を始め、たまり味噌や醤油、魚醤など、様々な日本の伝統調味料を大切に、自社農園で栽培した無農薬野菜などを使用した料理を提供する。

 自ら「日本の伝統調味料オタク」を名乗るオーナーの眞中さんは、ここを始めた当初から「味噌汁とかて飯中心」と決めていたという。
「基本的には、うまいものが食いたいだけ(笑)。そのために、日本の伝統調味料を使う。

 20代の頃、富山の知り合いの家で、おばあちゃんが出してくれた糠漬けをのせたごはんに衝撃を受けて。その柔軟さ、知恵……。斬新だった。地方には、他にも前衛的で、尖った味の郷土料理がたくさんあって、地域ならではの伝統調味料が使われている。それらは水面にはあまり出てこないから、自分で潜るしかないんですよ。通っては食べ、食べては通い、どんどん潜っていく。

 その中でも味噌、味噌汁は、やっぱり日本人のソウルフード。僕は、車で旅をするのが好きで、世界を旅するのも好き。世界にはさまざまなスープがあるけど、味噌汁を飲むとホッとする。ネパールのヒマラヤ山頂で飲んだインスタント味噌汁の、うまかったこと! その時に飲んだ粉状のインスタント味噌汁を、数年後に近所のスーパーで見つけた時は、嬉しかったなあ(笑)。この感覚は、言葉で表すより外国へ行って、一度飲んでみればいい。そういう存在を、食堂をやるうえで出すのは、自然なことだったから」

 

 

 

無添加の味噌は生きているから、届いたらすぐに冷蔵庫へ入れる。常温だと発酵が進み、風味が変わるのだ。
提供する味噌汁を、一杯ずつ味見する眞中さん。

 

 

 

 

シンプルに手を加え、本来の風味をいただく

 

 『SYOKU – YABO農園』で選ぶ味噌は、全国各地から取り寄せた〝本物〟だ。共通するのは、発酵をきちんとしていること。つまり、古来から味噌の原材料であった、大豆や米・麹・塩などを使用。酵母菌の動きを止める〝酒精〟を始めとする、添加物の入っていないものである。大量生産や遠距離輸送など、経済の発達とともに使われるようになった添加物。それらは、発酵が鍵となる味噌本来の風味を邪魔してしまう。
「同じ原材料でも、発酵の進み具合・地域・作り手によって、味も見た目も全く違う味噌になる。もっと言えば、同じ蔵元でもたくさんの種類があって、違いの面白さが味噌の面白さ。それを楽しんでほしいから、うちでは一種類のだしで、お客さんが選んだ味噌を溶いて出しています」

 眞中さんの好みもあるが、その味噌汁はシンプルだ。基本的に、具材は一種類。あまり難しいものは入れない。調理方法もシンプル。沸騰する間際に火から下ろしただしに、味噌を溶いて提供する。具材は、だしと一緒に煮る場合と仕上げに入れるものと、その時々に合わせて。私たちが味噌汁にバリエーションをつけようと思うと、つい具材に頼りがちだ。しかし眞中さんは「味噌を楽しむなら、具材はシンプルに。スープを味わうこと」と考える。

 

 

 

提供する味噌汁を、一杯ずつ味見する眞中さん。
味噌のメニュー。北は青森から南は沖縄まで、風味も見た目も個性豊かなラインナップが揃う。
煮立っただしと具材へ、味噌を手早く溶く。
この日は大根葉の味噌汁。ほど良い苦味がさまざまな味噌と合う。

 

 

 

「スープが要の味噌汁は、具材の甘みや渋みも影響するから、味噌と具材は一対一の勝負。ゴシャゴシャと入れない。合わせ味噌にもしない。でも、冬の豚汁は例外。大根・人参・里芋に、3種類の合わせ味噌が、最高にうまいから」だから、だ。この日、いただいた大根葉の味噌汁は、お椀に顔を近づけただけで、味噌の個性がくっきりと分かる。口にする前からもう、ふわりとただよう味噌汁のにおいに、その味噌らしさが表れているのだ。それは、眞中さんの大切にする、発酵による風味。
「飲食店としてはあるまじき考えだけど、うちは料理を飾りつけない。目に見えないところにも大切なものがあるから、そこをないがしろにしない。味わうのは、舌だから。

 

 

 

15 年近く手付かずだった、山の麓を切り開いた『SYOKU-YABO 農園』。畑と青空食堂が併設されている。時には、結婚式やライブイベントなども開催。
この日、自社農園で栽培した無農薬の人参も販売されていた(一袋200 円)。「食べ物は、まずはうまいこと。無農薬はおまけ」
15 年近く手付かずだった、山の麓を切り開いた『SYOKU-YABO 農園』。畑と青空食堂が併設されている。時には、結婚式やライブイベントなども開催。
ランチで提供される、一汁二菜の『かて飯定食』(1,000 円)。

 

 

 

 僕は必ず、生産者から調味料を取り寄せるんです。そうすると、その食材が日常にある地元の人たちは『こんなもの』って謙遜するけど、それらがどれだけ素晴らしいか。前衛的で、尖った味で。でも、多くは大量生産ができない。だから、うちで取り寄せている味噌でいえば、キロあたり1000円以上するけど、どれも価値に見合った豊かな味ですよ。日本各地には、味噌を始め、表に出ていない素晴らしい郷土の味が、まだまだたくさんある。それらを美味しく食べることで活性化できたら、嬉しいじゃないですか」

 日本の食卓の基本である味噌汁、そして味噌。その本来の素晴らしさをこれからも味わうため、選ぶ時ちょっと意識してみる。これは本物だろうか。そして、例えば初めての場所へ足を伸ばした時、地元の味噌を味わってみる。その地域特有の気候や人々の営みによって、全く知らなかった風味と出合えるかもしれないー。身近な存在だからこそ、ちょっと意識を変えるだけで、ハッとする。そんな面白さと遭遇が、味噌にはある。

 

 

 

 

個性豊かな味噌

 

 

 眞中さんに、中でもおすすめの味噌を教えてもらった。風味はもちろん、見た目にもさまざまな顔がある。

 

(右から)

沖縄 うっちん味噌

ウコン入りのやや甘めな米味噌。「変わり種だけど非常に美味しい」。具材をジャガイモにして葛を足すと、味噌汁だがカレー感覚に。

 

徳島 ねさし味噌(3 年物)

大豆と塩で作る、米麹を使わない珍しいもの。「大豆を味噌玉にして風の中でカビを生やし、3 年寝かせて仕上げる。クセが強い!」。

 

鳥取 3 年 たまる手作り味噌

米・大豆ともに地元産。年々、発酵が進むと色が濃くなっていく。「“ 酸っぱい”、マニアックな味。米麹の香りが豊か」。

 

秋田 五号蔵味噌

国の文化財に指定された6 つの蔵のうち、五号蔵と呼ばれる土蔵の木桶で熟成。国産の大豆と米で、やや甘口。「新しいほど香り豊か」。

 

 

 

INFORMATION

 

眞中やす

1969 年生まれ。さまざまな仕事を経験した20 代後半、日本の郷土食、中でも伝統調味料の面白さに惹かれる。2010 年に農園を併設した食堂『SYOKU-YABO農園』をオープン。その人柄と美味しさに、老若男女が集う。

 

SYOKU-YABO農園

神奈川県横須賀市芦名2-1700  大楠山登山口入り口

☎︎ 090-8879-1931(担当:眞中)

Open 11:30 〜15:00(ラストオーダー14:30)

Close 不定休(雨天・荒天・農作業繁忙期など。詳細はHP にて告知)
syoku-yabo.com

 

 

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