Red Signal

夜の東京を真紅のポルシェ タイカンが駆ける。その姿は高層ビルに明滅する赤いライトのように、暗闇に潜む“ 何か” への警告灯とも重なる一方、コンクリートで打ち固められたような冷たさを湛える社会を打ち破る未来への閃光弾のようにも感じる。電気シグナルは一体何をもたらすのか?いざ新時代のモビリティに乗り込む。

Photography_Maruo Kono Words_Takeshi Sato

 

 

 

 2020年の夏は、観測史上で最も暑い夏だったという。異常気象の原因とされる地球温暖化を抑止するために、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスを減らす動きが加速している。自動車でいえば、化石燃料を燃やして二酸化炭素を発生させるエンジンから、モーターで駆動する電動車へのシフトが急務となる。

 ヨーロッパ各国は、2030年から40年をめどに、エンジン車の新車販売を禁止すると発表している。EVとPHEV(プラグインハイブリッド車)をあわせた電動車のシェアはヨーロッパで年々上昇しており、2020年8月の新車販売を見ると、ドイツやフランスでは10%超、世界で最も普及しているノルウェーではなんと70%を超えている。日本政府も、2050年に温室効果ガスの実質排出ゼロを目指す「2050年カーボンニュートラル」を打ち出し、2035年までにすべての新車を電動化すると宣言した。

 

 

 

 

ボディサイズは全長×全幅×全高= 4963 × 1966 ×1381mm と、パナメーラより全幅以外はひとまわりコンパクト。特筆すべきは通常のEV の電圧システムが400V であるのに、世界で初めて800V を採用したこと。効率よく充電を行うとともに、パフォーマンスを向上させたいという狙いが見える。

 

 

 こうした世界情勢の下、ポルシェがついにEVのタイカンを発表した。こう書くと、「タイカン=エコカー」というイメージをおもちになるかもしれない。それは間違いではないけれど、タイカンは従来のEVの常識を覆すモデルだった。

 どこが常識外なのか、その驚きのドライブフィールをお伝えしたい。

 

 

 

 

東京の夜をタイカンで駆ける

 

 

 真紅の絵の具に一滴だけ黒を落としたような、深みのあるレッドに塗られたタイカン・ターボのドアを開ける。操作のほとんどをタッチパネルで行うため、インテリアにはスイッチやダイヤルが見当たらない。つるんとした内装から、新しい時代のクルマであることが伝わってくる。

 

 

 

 

 特徴的なのは、ナビやオーディオといったインフォテインメント系の情報を表示する液晶パネルが助手席側にも備わること。ドライブという体験をパッセンジャーともシェアしようという意思の表れで、これもいままでの自動車とは発想が異なる。

 タイカンはセダンのスタイルを採るけれど、ドライバーの着座位置は低く、運転席からの眺めはスポーツカー的だ。目線だけでなく、バッテリーを床下に積むことから、重心もスポーツカー並みに低いという。

 エンジン、ではなくモーターを起動。シフトセレクターでDレンジにシフト、ブレーキをリリースしてアクセルペダルをそっと踏み込むと、音もなく、振動を発することもなく、タイカン・ターボはクールに走り出した。おもしろいのはクールなのに力強いことで、いままでの自動車とは別の乗り物だということがひしひしと伝わってくる。

 

 

 

 

現状のラインナップは、タイカン、タイカン4S、タイカン・ターボ、タイカン・ターボS の4 モデル。EV にターボチャージャー(過給器)は搭載されないので、ターボはあくまで高性能を意味する記号として使われている。今回試乗したタイカン・ターボの最高出力は625ps、0-100km/h 加速が3.2 秒、最高速度260km/h という圧倒的なパフォーマンスを発揮する。

 

 

 

 ある程度まで回転を上げてから力を発揮するエンジンと異なり、モーターは電流が流れた瞬間に最大の力を発生する。だから発進加速が強力で、アクセル操作に対するレスポンスもまさに電光石火の素早さなのだ。

 乗り心地は快適そのもので、しかもふわんふわんとした無駄な動きがなく、洗練されている。前述した重心の低さに加えて、高度なエアサスペンションが路面からのショックをやわらげつつ、フラットな姿勢を保つように機能しているのだ。連想するのは、湖を優雅に泳ぐ白鳥だ。白鳥が見えない水面下で水かきを一所懸命に動かしているように、タイカンもエアサスが緻密に仕事をすることで優雅に走るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 路面とタイヤの関係をクリアに伝えるステアリングフィールや、繊細なアクセル操作に正確に反応するあたりはポルシェの他のモデルと共通で、一般道を30km/hで流すだけでも満足できる点もポルシェらしい。

 夜の高速道路をクルーズするタイカン・ターボは、滑空するグライダーのようにスムーズだ。そしてアクセルペダルを踏み込むと、グライダーが宇宙船に変身する。前後に搭載する2つのモーターのトータルの最高出力は625ps。強力な加速というよりも、前方のブラックホールに吸い込まれるような “ワープ感覚” だ。しかも音や振動の高まりがないから、がんばっているとか無理をしているという感覚がまるでない。どこまでも速度が上がっていくような錯覚に襲われる。

 

 

 

 
 

 

 

 

 ドライブモードを「ノーマル」から「スポーツ」、そして「スポーツプラス」に切り替えると、入力に対するレスポンスはさらに素早くなる。右足と駆動輪が直結しているかのような、味わったことのない感覚だ。

 そして速度が上がると、それに比例して正確なハンドリングや強力なブレーキといったポルシェの美点が強調されるようになる。個人的にポルシェの特長は、ドライバーの入力に対して正確無比に反応する精緻なドライブフィールだと考えているが、タイカンはその「精緻さ」がさらに際立っている。

 それはなぜか。燃料を噴射して、爆発させて、ピストン運動を回転運動に変換してタイヤに伝えるというプロセスを踏むエンジンよりも、モーターのほうがより素早く、ダイレクトにドライバーの意思を伝えるからだ。EVというシステムによって、ポルシェらしさは薄まるのでなく、強調されているように感じる。

 

 

 

 

ポルシェ博士の描いた未来がいま現実に

 

 

本文にあるように、ディスプレイが主役となる未来的な雰囲気のインテリア。新しさを感じさせつつも、直感で操作できるようにインターフェイスが練られているので、初めてEV に乗る方でも戸惑うことはないはずだ。上質な素材を用いることと広々とした空間により、ゆったりと寛ぐことができる。後席と荷室も広い。

 

 

 

 タイカンに乗りながら、ポルシェの創始者であるフェルディナント・ポルシェ博士を思う。1900年、ポルシェ博士はウィーンの帝室馬車工房ローナー社でエンジン車よりも先にEVに取り組んでいる。その理由はモーターのほうが洗練されていて高効率だったからだという。当時は優れたバッテリーがなかったのでEVは完成しなかったけれど、バッテリーの性能が上がったことで遂に博士の理想が実現したのだ。こう考えると、タイカンはエコカーというよりも、スポーツカーの完成型ではないかと思えてくる。

 バッテリーの性能と同じように、充電などのインフラも日進月歩の進化を遂げるだろう。深夜の東京を走るタイカンのレッドが、新しい時代を迎える朝焼けに重なって見えた。

 

 

 

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