デンマークの暮らしにある これからの豊かさ

バング& オルフセン ストアーズ ジャパンの黒坂登志明さんとカール・ハンセン&サンのネイサン・ベックウィスさん。海外での暮らしを知るビジネスリーダーたちが、仕事からプライベートまで、いま思うこととは?

Photography_Kenta Yoshizawa Styling_Yumi Nakata Words_Sanae Sato

 

 

 

 

バング& オルフセンのオーディオがインストールされ、普段とはひと味違った雰囲気の「カール・ハンセン&サン フラッグシップ・ストア 東京」。期間限定の「TOUCH Plus Nordic Lounge」の撮影で初顔合わせした黒坂さんとネイサンさんは、終始打ち解けた雰囲気でデザインやビジネスについて話していた。ラウンジチェア「CH78」¥420,000 〜( カール・ハンセン&サン/カール・ハンセン&サンフラッグシップ・ストア 東京 ☎︎03-5413-5421)

 

 

 

 

 

 創業110年を超える家具メーカーで、コーア・クリント、ハンスJ. ウェグナーやボーエ・モーエンセンらによる名作デザインが揃うカール・ハンセン&サン(以下CHS)。そして近年はセシリエ・マンツやマイケル・アナスタシアデスといった現代を代表するデザイナーと協業し、デザインで独自のポジションを築くオーディオメーカー、バング & オルフセン(以下B&O)。昔から変わらぬ製法で作られるクラフツマンシップあふれる家具と、最新のイノベーションが美しいデザインに詰まったオーディオ、デンマーク発の両ブランドがコラボレートした「TOUCH Plus Nordic Lounge」がまもなくオープンする。これを機に両ブランドで日本のマーケットを牽引する二人の対談が実現した。

 

 

 

 

 

 

Nathan Beckwith  ネイサン・ベックウィス
PROFILE 1970 年イギリス生まれ。カール・ハンセン& サン ジャパン代表取締役。ロンドンで長年ウォルター・ノルやグビなどの家具ブラ
ンドに携わる。2015 年からカール・ハンセン&サンでイギリス市場を統括し、’18 年より現職。

 

 

 

 昨年よりバング & オルフセン ストアーズ ジャパンの会長を務める黒坂登志明さんは、ポルシェジャパンを立ち上げ、日本での販売台数を10倍に伸ばしたことで知られる自動車業界のレジェンドだ。オランダに6年半駐在し、南アフリカにも長期滞在するなど海外経験も豊富で、英語、フランス語、オランダ語を操る。一方、ロンドンで育ったネイサン・ベックウィスさんのキャリアは家具一筋。CHSの日本代表として’18年に来日し、昨年はブランドの象徴的な存在で「Yチェア」として知られるハンス J.ウェグナーの「CH24」のエントリーモデルを日本独自で投入、従来よりも若い世代にリーチし、売り上げを飛躍させた。

 

 

 

 

 

Toshiaki Kurosaka  黒坂 登志明
PROFILE 1946 年神奈川県生まれ。バン&オルフセンの輸入代理店、ザ・ビーズインターナショナル取締役会長。本田技研工業、BMWジャパン、ミツワ自動車を経て、’95 年ポルシェジャパンを設立、社長、会長を歴任した。

 

 

 

 

 

デザインの根底にある人間性を大切にする価値観

 

黒坂 「私はオランダに6年半いたのですが、アムステルダムなど北部は建築様式をはじめ北欧ととても近いカルチャー。だから僕にとって北欧の文化は、とても自然に受け入れられるものなのです」
ネイサン「シンプルでミニマルな北欧デザインは、日本人の感性に合うとよく言われますよね」
黒坂 「私は20代の頃にB&Oに出合って、こんなに直線的でかっこいいオーディオが世の中にあるのか!とそのデザインに衝撃を受けたのです。自動車業界の仲間からは、『B&Oはオーディオ界のポルシェだよね』と言われたりもします」
ネイサン 「まさに。B&Oはデザインとエンジニアリングで、革新的な製品を発表し続けていますね」
黒坂 「デザインと技術、そして北欧の文化の根底には人間性を大切にする価値観があり、それがデザインと深く結びついている。だからこそ人々は、北欧デザインを快適に感じるのではないでしょうか」
ネイサン 「デンマーク語には温かく心地のいい雰囲気や空間を意味する『Hygge(ヒュッゲ)』という言葉があるように、デンマーク人は家での時間、家族や友人とのつながりをとても大切にします。バランスよく仕事をし、組織はオープンでフラット、遅くまで働くことは上司の管理不足とみなされます。そして自然が身近で、夏には海辺のサマーハウスで過ごすーそんな質の高い暮らしはデザインにも自然と反映され、機能性や生産性を重視するだけではない温かさが感じられるのですよね」
黒坂 「物質的な意味だけではない、真に豊かな暮らしを実現するためにも、北欧の価値観、デンマークのカルチャーやライフスタイルをもっと広めていきたいものですね」

 

 

 

 

 

 

 デンマークはSDGs達成度ランキングでも’19年は1位、’20年は2位と、サスティナビリティや環境分野で世界をリードする。デンマーク政府は’50年に化石燃料ゼロ、コペンハーゲンは’25年までに世界初のカーボンニュートラルな首都を目指している。国や街も一丸となって環境問題や持続可能な社会に対して取り組むなか、両社はどのようなビジネスモデルを構築しているのだろうか。

ネイサン 「家具に使う主な材料は木材であり、我々は環境への責任を真剣に考えています。デンマークでは、国王令で一本の木を伐採したら二本の木を植えることが定められていて、管理された森林から仕入れる木材は余すことなく活用。最終的な端材は敷地内の工場で燃料となり、自社工場と地域400世帯以上の暖房を賄うエネルギーとなっています」
黒坂 「なるほど。ストルーアにあるB&O本社でも、天然ガスを地域熱供給に切り替え、年間800トン相当のCO2排出量を削減したと聞きました。製品にはオークやアルミなどの持続可能な天然素材に加え、石油由来の素材も耐久性に優れたものを使い、トレーサビリティも考慮しています。また、パッケージも見直し、製品のライフサイクル全体を通じて、環境や気候への影響を最小限に抑える努力をしています」
ネイサン 「そして、技術の継承と人材育成も持続可能な事業のために力を入れていることのひとつ。クラフツマンシップは私たちの事業の根幹であり、数百年続くデンマークの木工技術を守らなければなりません。CHSは生産から販売まで自社で行っているので、毎年100人のインターンを一年間受け入れて、熟練の職人が若者を指導しています」
黒坂 「それは素晴らしい。B&Oでも世界中から才能ある学生を招待し、グローバルな人材を支援するイノベーションキャンプを毎年開催したり、科学や技術分野における女性の活躍のために、学生さんたちが社員と交流する機会を設けているそうです。次世代の育成は、企業の成長にも不可欠ですよね」

 

 

 

 

“ 限りある人生だからいいものに囲まれていたい ”

 

 

ネイサンさんのくつろぎ時間の傍にあるもの。上から時計回りに/青春時代から聴き続けているデヴィッド・ボウイ、ジョン・ル・カレのスパイ小説、よく人にも贈っている『配色事典』。毎年見に行くオークションハウス、フィリップス・オークショニアズのカタログ。そして眺めていても、手に持ったときの感触もいい安藤由香さんの花器。

 

 

 

 

 

 

時間をかけて使うことで自分のものになっていくもの

 

 いろいろな土地で良いものをたくさん見てきた二人は、普段どんな場所で、どんな家具や音楽に囲まれているのだろうか?

黒坂 「私の湘南のリゾートマンションの内装は、地中海のリゾートホテルがテーマ。友人のインテリアデザイナー森パメラさんとお嬢さんの泉さん、星さん姉妹が一緒にデザインしてくれました。また葉山の自宅は、オランダの生活を反映して、家具はすべてイタリアから取り寄せています。歳を取るにつれて、人生は永遠ではないのだからいいものに囲まれていたい、という思いが強くなり、最近は特に意識していい家具を買うようになりましたね。今まであまり考えなかった、“人生の本当の質”について考えるようになりました」
ネイサン 「イタリア家具で揃えていらっしゃるのですね。私もスタイルのあるイタリアデザインは大好きで、ヴィンテージのジオ・ポンティのラウンジチェアを持っています。それこそ地中海のリゾートホテルのためにデザインされたもので、家具コレクターとしては眺めているだけで幸せです。イタリア家具に比べると北欧家具は見た目の華やかさはありませんが、家でCHSのチェアを使って感じるのは、使う人と家具に対話があって、使うことでその製品により感情的なつながりが生まれるということ。例えば『Yチェア』は、ポルシェを乗りこなすのに少しコツがいるように、ウェグナーが考える座り心地をどのように自分のものにしていくか、少し時間をかけて学ばないといけないのです」
黒坂 「椅子を座りこなす、面白いですね。私は自宅に7つのオーディオシステムを持っていて、それぞれの個性を楽しんでいますが、それもそうした感覚に近いかもしれません。若い頃にドヴォルザークの『新世界』に出合ったことがきっかけでオーディオにはまり、初任給が4万5千円という時代に100万円のオーディオを買って、ランチやコーヒー代を切り詰めていたのです」
ネイサン 「それは随分と思い切った投資をしましたね! 普段はどんな音楽を聴かれるのですか?」
黒坂 「ジャンルは問わずなんでも聴きます。家に帰って着替える前にまずかけるのは、シンガポールのジャズヴォーカリスト、ジャシンタ。都内のオフィスと湘南の自宅を往復しているので、カーラジオで新しい情報を収集しています。ネイサンさんはどんなものを聴かれますか?」
ネイサン 「兄がDJだった影響で、私も10代の頃にDJをしていて、あらゆるジャンルを聴いて育ちました。デヴィッド・ボウイ、キャノンボール・アダレイ、ビースティ・ボーイズまで、私もなんでも聴きますね」

 

 

 

 

“ ビスポークな体験が、これからますます求められる ”

 

 

黒坂さんのお気に入り。左上から時計回りに/ジャズシンガー笠井紀美子、オーディオに興味をもつきっかけとなったドヴォルザークの『新世界』。フィリピン出身のマリーン、シンガポール出身のジャシンタ。イタリア人指揮者リッカルド・ムーティ。パトリシア・パーイの『The Lady is aChamp』は、オランダ駐在中に擦り切れるまで聴いた曲。

 

 

 

 

パーソナルな体験が豊かな人生を作っていく

 

日本人として海外に長く暮らした黒坂さん、イギリス人として日本に暮らすネイサンさん。多様な文化を知る二人が考える豊かさとは?

黒坂 「日本には“衣食住”という言葉がありますが、ヨーロッパでは反対で“住衣食”の順ですよね」
ネイサン 「それは言い得ていますね。この10年くらいでヨーロッパの食もだいぶ向上しましたけれど(笑)。日本とヨーロッパでは、家や空間の使い方、考え方が全く違いますね。私はロンドンから東京に来て、毎日が発見にあふれています。日本にも素晴らしい工芸や、豊かで興味深い歴史がありますし、日本の皆さんには家や家具を購入する際に、そうした伝統を継承することも考えてもらえるといいなと願っています」
黒坂 「これからの豊かさを考えるとき、キーファクターと感じているものが3つあります。大量生産によって低価格で高品質なのは当たり前で、それだけのものには魅力を感じなくなり、今また新たな価値観が求められている。それは日本の禅や侘び寂び、北欧のクラフトや幸せ、イタリアやスペインなど南欧の寛容さやアートなセンスではないかなと」
ネイサン 「具体的にはどういうことなのでしょうか」
黒坂 「慎ましく質素なものや古いものの美しさ、手仕事の温かみや家族のストーリーが詰まったものへの愛着、生産性はなくても人生を楽しむ方法を知っていること。そんなことが、これからの豊かな人生のヒントになるのではないでしょうか」
ネイサン 「なるほど。音楽配信サービスがたくさんあるなかでも、今またレコードが売れていると聞きます。レコード特有の昔ながらの音、スリーブを手にしたときの感触、匂い、レコードをかける行為。そういう個人的な体験、たとえるならサヴィル・ローのテーラリングのようなビスポークな体験が、これからますます求められるのかもしれませんね」
黒坂 「そういうリアルな体験が、ものとの繋がりや愛着に変わっていきますよね。私の好きなジャズシンガー、マリーンもCDを聴いただけでは伝わらないと思います。実際のライブパフォーマンスでアーティストが発する生の歌声を聴いてこそ、その体験とCDの音が共鳴し合い、自宅で音に温もりを感じる素晴らしい音響体験ができるのだと思っています。この椅子に座ってそんな体験ができたらとても幸せですよね」

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